東京地方裁判所 昭和45年(ワ)11072号 判決 1974年3月05日
主文
一 被告清水静江は原告らに対し各二四七万〇、五八〇円およびこれに対する昭和四六年一月一〇日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告鎌田義雄、同鎌田サタは各自原告らそれぞれに対し各一二三万五、二九〇円およびこれに対する昭和四六年一月一二日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
三 原告らの被告前多産業有限会社、同前多功に対する請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用のうち、原告らと被告清水静江、同鎌田義雄、同鎌田サタとの関係においては、原告らに生じた費用はそれぞれ右被告らの負担とし、原告らと被告前多産業有限会社、同前多功との関係においては、右被告らに生じた費用は原告らの負担とし、その余は各自の負担とする。
五 この判決は主文第一・第二項に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告ら
被告清水静江、同前多産業有限会社(以下被告前多産業という。)、同前多功は、各自原告らそれぞれに対し各二四七万〇、五八〇円およびこれに対する被告清水静江は昭和四六年一月一〇日から、被告前多産業、同前多功は同年同月一三日から各支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。被告鎌田義雄、同鎌田サタは各自原告らそれぞれに対し各一二三万五、二九〇円およびこれに対する昭和四六年一月一二日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。
との判決ならびに仮執行の宣言を求める。
二 被告ら
原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。
との判決を求める。
第二当事者の主張
一 原告ら(請求原因)
(一) 事故の発生
小松敏枝(以下敏枝という。)はつぎの交通事故によつて受傷し、約二時間後に死亡した。
1 発生日時 昭和四五年六月二二日午前二時三〇分頃
2 発生地 東京都八王子市元八王子町三丁目二七六〇番地先高速自動車国道中央自動車道富士吉田線(以下中央高速道路という。)
3 加害車 普通乗用自動車(多摩五せ八七九二号、以下甲車という。)運転者亡鎌田啓二(以下啓二という。)同乗者敏枝 大型貨物自動車(相模一め五七三六号、以下乙車という。)運転者被告前田功 大型貨物自動車(多摩一そ二三五九号、以下丙車という。)運転者訴外河村勝(分離前共同被告、以下河村という。)
4 態様 甲車が、府中市より相模湖方面に向け進行中、丙車を追い越すため道路中央線を越え対向車線に進入したところ、対向車線を進行してきた乙車に接触し、さらに丙車と接触した。
(二) 責任原因
被告らは各自つぎの理由により、右の交通事故によつて原告らに生じた損害を賠償する義務がある。
1 被告清水静江(以下被告清水という。)は甲車を所有し、被告前多産業は乙車を所有し、それぞれ自己のため運行の用に供していたから自賠法三条により各賠償義務がある。
2 被告前多功は、乙車を運転するに当り、前方不注意安全運転義務違反の過失により右の交通事故を発生させたから、民法七〇九条により賠償義務がある。
3 被告鎌田義雄、同鎌田サタ(以下被告義雄、同サタという。)は啓二の法定相続人で、その相続分は各二分の一ずつであるところ、啓二が、甲車を運転するに当り、前・後・側方不注意、車間距離不保持、追越不適当、ハンドル(ブレーキ)操作不適当の過失によつて右の交通事故を発生させ、(啓二は事故によつて即死した。)、民法七〇九条により負う賠償義務を相続によつて各二分の一ずつ承継した。
(三) 損害
原告らは右の交通事故によつて、つぎのとおり損害を蒙つた。
1 敏枝の得べかりし利益の喪失による損害四七八万一、一六〇円敏枝は、事故当時二二才の健康な女子で、大学四年生であつたから、大学卒業後三八年間にわたり稼働し、その間毎月三万四、七〇〇円の収入を得たことが確実であるところ、同女が生存していれば必要であつた生活費の要支出額は毎月一万五、七〇〇円を上回ることはないから、右収入額から右の額を控除し、年五分の中間利息をホフマン式で控除して、敏枝の得べかりし利益の喪失による損害額の現価を算出すると、四七八万一、一六〇円となる。
2 相続による承継 各二三九万〇、五八〇円
原告らは、敏枝の父・母として、同女の被告らに対する右逸失利益損害賠償債権を二分の一(各二三九万〇、五八〇円)ずつ相続により取得した。
3 葬儀費 各五万五、〇〇〇円
原告らは、敏枝の葬儀を営み、その費用として合計一一万円を支出し、原告らは各五万五、〇〇〇円ずつ負担した。
4 慰藉料 各二三〇万円
原告らは、その長女である敏枝に大学教育まで受けさせ、同女の約一年後の卒業を楽しみにしていた矢先同女が右の交通事故に遭い死亡したもので、その精神的打撃は甚大である。原告らの右の交通事故による精神的損害に対する慰藉料は各二三〇万円が相当である。
5 損害の填補 各二五〇万円
原告らは、自賠責保険から右の交通事故による損害の填補として各二五〇万円を受領した。
6 弁護士費用 各二二万五、〇〇〇円
原告らは被告らに対して以上のとおりの賠償請求権を有するところ、被告らは、原告らの賠償請求に対し言を左右にして支払をなさず誠意が全くないので、原告らは訴訟代理人である弁護士尾原英臣に本訴訟の遂行を委任し、その費用および報酬として四五万円(原告ら均分負担)を本訴第一審判決言渡の日に支払う旨約した。
(四) 結論
よつて、原告らは被告清水、同前多産業、同前多功の各自に対し、被告義雄、同サタと連帯し、二四七万〇、五八〇円およびこれに対する被告清水については、同被告に対する本訴状送達日の翌日である昭和四六年一月一〇日から、被告前多産業、同前多功については、右両被告に対する本訴状送達日の翌日である同年同月一三日から支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金、被告義雄、同サタの各自に対して、被告清水、同前多産業、同前多功と連帯して原告らのそれぞれに各一二三万五、二九〇円およびこれに対する本訴状送達日の翌日である昭和四六年一月一二日から支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める。
二 被告ら(請求の原因に対する答弁)
(一) 被告清水
請求原因(一)項1ないし3の事実は認め、4の事実は不知。同(二)項1の事実中、被告清水が甲車を所有していたことは認めるが、その余は否認する。同(三)項の事実中、5の事実は認め、その余は不知。
(二) 被告前多産業、同前多功
請求原因(一)項1ないし4の事実は認める。同(二)項1の事実中、被告前多産業が乙車を所有していたことは認めるが、その余は争う。同2の事実は否認する。同(三)項の事実はいずれも不知。
(三) 被告義雄、同サタ(同右)
請求原因(一)項の事実中、敏枝が、1(発生日時)記載の日時に発生した右の交通事故により受傷し、同日死亡したこと、啓二が甲車を運転していたことは認め、その余はいずれも不知。同(二)項3の事実中、被告義雄、同サタが啓二の法定相続人であることは認め、その余は争う。同三項の事実はいずれも不知。
なお、本件において、啓二は事故発生と同時に死亡し、敏枝は、事故当日の午後一一時二三分に死亡したものであるところ、一般に、不法行為が成立するには、権利侵害および損害の発生が要件とされているから、本件で啓二が負担すべき損害賠償義務は、啓二が死亡する以前に発生した損害に限られるべきと考えられるが、右のとおり敏枝は啓二が死亡するときには未だ生存しており、本件において啓二の死亡前に敏枝にいかなる損害が発生したかは何ら主張立証されていない。したがつて、啓二は本件事故によつて敏枝もしくはその相続人に対し損害賠償義務を負うといえないから、啓二の相続人である被告義雄、同サタにも賠償義務があるとはいえない。
三 被告ら(抗弁)
(一) 被告前多産業(免責)
右の交通事故は、啓二の無謀な追越運転の過失に起因するもので、被告前多功には何ら過失がなく、かつ、同被告運転の乙車には構造上の欠陥または機能の障害がなかつたものであるから、被告前多産業は自賠法三条但書によつて免責される。
すなわち、右の交通事故現場は、中央高速道路(片側一車線)上であり、右道路は、甲車の進行方向からみて緩やかな登坂で、かつ、湾曲している。片側一車線の道路上において、前車を追い越そうとする自動車運転者は、反対車線に進入して追越をするのであるから、対向車の有無を確認し、安全な方法で進行しなければならないことは多言を要しない。しかも、事故現場は高速道路上で、対向車は高速度で走行してくることが予想され、また、現場付近は、事故後追越禁止地域に指定される程追越が危険な地域であつた。そして、事故当時は夜間であつたから、啓二は、対向してくる乙車の存在に気づいていた筈であるのに、丙車の追越を試み、右の交通事故を発生させたものであり、被告前多功には全く過失はなかつた。
(二) 被告義雄、同サタ(過失相殺)
啓二は、右の交通事故直前原告小松初枝の経営する飲食店において飲酒したうえで甲車を運転して事故を発生させたものであるが、敏枝は同店で啓二が飲酒している席に同席し、かつ、甲車に好意同乗者として乗車したのであるから、甲車の走行中は啓二と共に前方を注視して啓二に適切な措置を促す義務があり、本件では敏枝が右義務を尽くしていれば事故の発生を防止し得たのに、敏枝は、事故発生直前啓二と話をし、啓二の前方注視義務の遵守を妨げたばかりか、自己の右義務を怠り、本件事故発生の防止をしなかつたもので、以上の事情は原告らの損害額を算定するにあたり斟酌されるべきである。
四 原告ら(抗弁に対する認否および反論)
(一) 被告前多産業の抗弁事実中乙車に構造上の欠陥または機能の障害がなかつたこと、事故現場付近の道路が緩やかに湾曲していることは認め、被告前多功に過失がなかつたことは争う。
啓二は、丙車が毎時約一五キロメートルの低速度で走行していたので追い越そうとしたものであるが、右現場付近道路は若干湾曲しているものの前方の見とおしは非常によく、乙車の運転者は、甲車が追越行為に出て自車線に進入してくることを事故発生時より相当以前に確認し得た筈であるのに、これを怠り、事故回避のため適切な運転操作を行なわなかつたものであるから、被告前多功には前方不注視、安全運転義務違反の過失がある。
(二) 被告義雄、同サタの抗弁事実中、啓二が右飲食店で飲酒したことは否認し、敏枝に追越について過失があることは争う。
三 証拠関係〔略〕
理由
一 事故の発生
〔証拠略〕によれば、敏枝は、昭和四五年六月二二日午前二時四〇分頃、啓二が運転する甲車に同乗し、東京都八王子市元八王子三丁目字御霊谷二七六〇番地先の中央高速道路上を東京都方面から山梨県方面に向かい、同線、三四・五キロメートルポスト付近(以下本件現場という。)に差しかかつたところ、甲車が、同車を先行する丙車(運転者河村)を追い越そうとして、対向車線に進入した際、折から進行してきた乙車(運転者被告前多功)と接触し、右接触の打撃で自車線上に戻つたところでさらに丙車と接触する交通事故(以下本件事故という。)によつて傷害を負い、同日午後一一時頃右傷害が原因で死亡したことが認められ(原告らと被告清水の間では、請求原因(一)項4を除いて、原告らと被告義雄、同サタとの間では同項2ないし4を除いて原告ら主張のとおり、原告らと被告前多産業、同前多功との間では原告ら主張のとおり、本件事故が発生し、敏枝が死亡したことはいずれも争いがない。)、右認定に反する証拠はない。
二 責任原因
(一) 被告清水の責任について、原告らと同被告との間で判断する。
被告清水が甲車を所有していたことは当事者間に争いがないところ、同被告が甲車の運行についての支配および利益の喪失について特段の主張・立証をしない本件においては、同被告は甲車を自己のため運行の用に供していたと認めるのが相当である。そうすると、同被告は、本件事故によつて原告らに生じた損害について自賠法三条による賠償義務がある。
(二) 被告前多産業、同前多功の責任について、原告らと右被告らとの間で判断する。
被告前多産業が乙車を所有していたことは原告らと同被告との間で争いがなく、同被告は乙車の運行についての支配および利益の喪失についての特段の主張・立証しないから、同被告は乙車を自己のため運行の用に供していたものと認めるのが相当である。
そこで、被告前多産業の免責の主張についてみると、本件事故当時乙車に構造上の欠陥または機能の障害がなかつたことは原告らと同被告間に争いがなく、また、事故当時被告前多功が乙車を運転していたことは当事者間に争いがないので、以下被告前多功の運転上の過失の有無について判断する。
〔証拠略〕によれば、本件現場付近の道路状況についてつぎのとおりの事実が認められる。
本件現場は、中央高速道路上であるが、右道路は、法定最高速度毎時七〇キロメートル(部分的には毎時六〇キロメートルのところもある。)の自動車専用道路(一定の自動二輪車以下の車両および人の通行は禁止されている。)で、現場付近においてほぼ東(東京方面)西(山梨方面)に通じ、道路のほぼ中央に白色の中央線が表示され、上り線(東京方向、一車線)と下り線(山梨方向、一車線)が区分され、道路の全幅員は約一一メートルであるが、上り線の車両通行部分の幅員は約四メートル、路肩部分が約一・五メートル、下り線の車両通行部分の幅員は約三・七五メートル、路肩部分が約一・七五メートルであり、下り線路肩脇に高さ約一メートルの鋼鉄製ガードレールが設置されていたが、付近に照明設備はなく、上・下各線路肩付近に沿つて約三〇メートル間隔に反射鏡が設置されている、アスフアルト舗装道路であること、
現場付近の右道路は、山腹を切り崩して建設したもので、道路の両脇は山林あるいは雑草の生えた相当な傾斜地で、道路自体も湾曲部分が多く、現場から上り方向へは右へ緩やかに湾曲し、下り方向へは約一四〇メートルの間は左へ緩やかに湾曲し(それと同時に緩やかな上り勾配をしている。)、その先では右へ湾曲しているS字状の道路で、そのため昼間において現場から上り方向へは約二〇〇メートル、下り方向へは約二五〇メートルまで見とおすことができるに過ぎないこと、
以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。
右の事実と前掲各証拠によれば、甲・乙・丙車の運行状況についてつぎのとおりの事実が認められる。
被告前多功は、前記日時頃乙車(車長約八メートル、車幅約二・五メートル、車高約二・六メートル、車両総重量約二〇トンのいわゆるダンプカー)を運転し、中央高速道路の上り線のほぼ中央部分を毎時五〇キロメートル余の速度で走行し、本件現場に差しかかつたところ、乙車の前方二〇〇メートル以上の下り線上を啓二が運転する甲車(車長約四・一メートル、車幅約一・六メートル、車高約一・四メートルである普通乗用自動車)が相当な高速度で進行してきて、甲車に約一〇〇メートル先行して、毎時四〇キロメートルを越えない速度で走行する丙車(車長約七・七メートル、車幅約二・四メートル、車高約二・七メートル、車両総重量約一二トンである大型貨物自動車)に接近しつつあるのを認めたが、特別危険を認めず、そのままの速度で進行を続けたところ、乙車と丙車が至近距離に近づきすれ違う直前であつたのにかかわらず、甲車が、乙車との距離が約三〇メートルになつた地点から、前照灯を上向きにしたままで、方向指示器によるなどの合図をすることなく、いきなり丙車を追い越そうとして、丙車の右側に出、さらに、道路中央線を越えて上り線に進入してきたのを認め、衝突の危険を感じ、とつさにブレーキを強く踏むとともに左へ少しハンドルを切つて接触を避けようとしたが間に合わず、結局甲車が中央線から一メートル強下り線に進入したところで、甲車の右側部付近と乙車の右側後輪部付近が接触したもので、乙車はその後右接触地点付近から右側約二二メートル、左側約二〇メートルのタイヤ痕を残し、約二三メートル進行して、上り線左道路端に停止したが、甲車は乙車との右接触の反動で下り線方向へはねとばされ、再び中央線から約一メートル強下り線へ入つたところで乙車とすれ違いざまに下り線を走行してきた丙車の右前輪フエンダー付近に接触し、右接触と同時に横転し、乙車との接触地点から約一八メートル進行して、下り線道路端に横転したまま停止した。
以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
右に認定した各事実にもとづいて考えると、被告前多功は、甲車が、乙車の前方約三〇メートル付近のところから突然中央線を越えて上り線に進入してくるのを認めて始めて接触の危険を認め、前示の避譲措置をとつたが間に合わず、本件事故が発生したものであるが、被告前多功には、事故発生前において、乙車の運転自体について交通法規に違反するような過失(例えば速度違反等)は認められず、また、甲車が中央線を越えて自車線に進入してくるのを認めた後において同被告がとつた前示避譲措置についても非難すべき点は認め難い。
ところで、原告らは、本件現場付近においては見とおしがよく、被告前多功が前方注視を怠らなければ、事故発生の相当以前に甲車が追越を試み、中央線を越え上り線に進入することを予見し得た筈であるのに、被告前多功はこれを予見せず漫然進行したのであるから、同被告には前方不注視、安全運転義務に違反した過失があると主張するが、前示認定事実によれば、本件現場付近の道路上の見とおしは前述のとおりで、被告前多功は、事故発生前において前方二〇〇メートル以上のところから甲車が相当な高速度で丙車に接近していた状況を認めていたが、その時は甲車が丙車を追い越すため中央線を越え上り線に進入することを予想せず、甲車が具体的に追越行為を開始して始めて接触の危険を感じたのであるから、被告前多功が前方注視を怠つたため上り線に進入する甲車の発見が遅れたとは認められず、また、本件現場付近の道路状況、甲・乙・丙各車両の大きさ、重量、右各車両の速度、相互の位置関係等の諸事情に鑑みると、甲車が、本件のような状況のもとで追越を試み、対向車線に進入することはほとんど自殺行為に等しく、それゆえ、甲車の対向車の運転者である被告前多功としては、甲車が、右追越行為に出る前に、丙車に接近しつつあつた事実を認めていたものの、甲車が事前に全く合図をしないで追越を試みるという無謀な運転を行なうことを予想することは極めて困難であるばかりか、本件中央高速道路は自動車専用の高速道路であるから、本件のような状況のもとで、交通法規を遵守して運行する自動車の運転者に対向車が自車線に進入することのあることを予見したうえで、減速または徐行、あるいは道路左側へ寄るなどの運転を行うべきことを要求することは、右道路の用途・交通の円滑の目的に副わないうえ、運転者に対しても過大な負担を課することになり、相当とは考えられないから、本件のような状況のもとで被告前多功は、事前に甲車が上り線に進入することを予見したうえで減速するなどの注意義務があるとはいえず、したがつて、同被告が甲車の具体的追越行為が開始するまで、その追越を予見しなかつたとしても何ら非難すべき筋合のものではない。
そうすると、甲車と乙車の接触事故に限つていえば、右事故は、専ら甲車の運転者である啓二が対向車である乙車との距離が僅か約三〇メートルに至つて突然何の合図もなく中央線を越え対向車線に進入した過失によつて発生したものであり、乙車の運転者である被告前多功には本件事故発生については何ら過失がなかつたというべきである。また〔証拠略〕によれば被告前多産業にも乙車の運行に関し過失はなかつたことが認められる。
以上によると、本件事故発生について乙車の運行に関し運転者である被告前多功および被告前多産業には過失がなく、かつ、乙車に構造上の欠陥および機能の障害がなかつたものと認められるから、被告前多産業は自賠法三条但書によつて、原告らに生じた損害を賠償する義務を負わない。
また、被告前多功は、本件事故の発生について過失があつたとは認められないから、原告らに生じた損害について民法七〇九条によつて賠償義務を負うものではない。
(三) 被告義雄、同サタの責任について、原告らと同被告らとの間で判断する。
〔証拠略〕によれば、本件現場付近の道路状況および甲・乙・丙の各車両の運行状況について(二)に述べたとおりの各事実が認められ、右各事実によれば、啓二は、甲車の運転に当り通行方法違反等の過失を犯し、右過失によつて本件事故を発生させたものというべきであるから、民法七〇九条によつて、原告らに生じた損害を賠償する義務を負うべき地位にあつたものと認められる。ところが、啓二は、本件事故により事故発生と同時に死亡したこと、被告義雄が啓二の父、同サタが母として法定相続人の立場にあることはいずれも当事者間に争いがないところ、被告らが啓二の相続について、法の定める手続にしたがつて相続の放棄あるいは限定承認をした旨の主張・立証がないので、被告らは、啓二の有する権利義務関係を相続により包括的に承継したものといわなければならない。
ところが、被告らは、不法行為が成立するには、侵害行為によつて損害が発生することを要すると解されているところ、本件において加害者である啓二は、被害者である敏枝が死亡する以前に既に死亡していたから、不法行為の要件たる損害が発生する前に、損害賠償義務の帰属主体たる法人格を喪失したものであるから、啓二は賠償義務を負ういわれはなく、それゆえ啓二の相続人である右被告らが啓二の賠償義務を承継すべき理由はない、と主張するが、我が民法における相続制度は、相続人は被相続人の一身に専属すべきものを除いては、一切の権利義務関係を当然にかつ包括的に承継するのを原則とし、右にいわゆる権利義務関係には厳密には権利義務といえなくとも財産的な法律上の地位をも包含すると解されるから、不法行為の加害者の地位が相続人から被相続人に承継されることも疑いないというべきである。本件において、啓二の死亡の時点で、啓二の加害行為の結果である損害の発生(敏枝の死亡)がないとしても、啓二の加害者たる地位は死亡と同時に被告らに承継されたというべきであるから、その後において敏枝が死亡したときは(この点は当事者間に争いがない。)不法行為の成立要件を完全に充足するものと考えられるから、被告らは、啓二の相続人として民法七〇九条による損害賠償義務を免れない。従つて、被告らの右主張は採用することができない。
(四) 右のとおり、被告清水は甲車の運行供用者として、啓二はその運転者として本件事故を発生させ、敏枝を死亡させたものであるから、被告清水と啓二は共同不法行為者として民法七一九条一項本文によつて各自連帯にて原告両名に損害賠償義務があるというべきところ、(三)のとおり、被告義雄、同サタ啓二の死亡と同時にその不法行為者たる地位を相続により承継したものであるが、本件において原告らは、右被告らのそれぞれに対し、啓二が生存していれば同人に対して有する損害賠償債権の二分の一の限度で支払を求めているので、右被告らはそれぞれ右の限度で被告清水と連帯して賠償金を支払うべきものと解される。
三 損害
敏枝および原告らが、本件事故によつて蒙つた損害について、原告らと被告清水、同義雄、同サタとの間で判断する。
(一) 敏枝の得べかりし利益の喪失による損害 四七八万一、一六〇円
〔証拠略〕によれば、敏枝は、事故当時東京経済大学の四年生に在籍した二二才の健康な独身女子で、本件事故によつて死亡しなければ、昭和四六年三月に同大学を卒業し、同年翌月から同女が六〇才に達するまでの三八年間にわたつて稼働可能であつたことが認められ、右によれば同女はその間において大学卒業女子労働者として、毎月少なくとも大学卒業女子労働者の平均賃金相当額(右平均賃金は、昭和四六年では、平均月額四万三、九二五円、同四七年では同六万一、七一六円であることは当裁判所に顕著な事実である。)の収入を得たことは確実であることが認められ、また、敏枝が独身の女子で、両親である原告らと同居して生活していた事実(この事実は、〔証拠略〕によつて認められる。)に鑑みると、同女が生存していれば必要である生活費等の要支出額は同女の全収入額の五割相当額を上回わることはないと認めるのが相当であるから、右収入額から右要支出額を控除し、年五分の割合で中間利息を判決言渡時までホフマン式、それ以降はライプニツツ式によつて控除し、敏枝の得べかりし利益の喪失による損害の現価を算出すると右記金額を下らない。
(二) 相続による承継 各二三九万〇、五八〇円
〔証拠略〕によれば、原告小松昌敏は敏枝の父、同初枝はその母であり、敏枝は独身で子はなかつたことが認められ、右によれば敏枝の法定相続人は原告らのみで、原告らは、敏枝の父または母として法定相続分(各二分の一ずつ)にしたがい、本件事故によつて敏枝に生じた前示(一)の損害についての前記被告らに対する損害賠償請求権を二三九万〇、五八〇円(円未満切捨)ずつ相続により取得したものと認められる。
(三) 葬儀費 各五万五、〇〇〇円
〔証拠略〕によれば、原告らが、敏枝の両親として、同女の葬儀を営み、その費用として一一万円を支出したことが認められ、右によれば原告らは葬儀費の支出によつて各五万五、〇〇〇円の損害を受けたものと認められる。
(四) 慰藉料 各二三〇万円
〔証拠略〕によれば、原告らの間には、敏枝と同女の弟である徹の二人の子供があるのみで、敏枝は大学卒業を目前にした将来のある身であつたのに、本件事故によつて死亡したものと認められ、右によれば、原告らは敏枝の両親として本件事故によつて多大の精神的損害を蒙つたことを推認するに難くなく、本件事故態様等本件に顕われた一切の事情を斟酌すると、原告両名の慰藉料としては原告らの主張する各二三〇万円を下回わるものではないと認めるのが相当である。
(五) 損害の填補 各二五〇万円
原告らは、本件事故による損害の填補として、自賠責保険から各二五〇万円の支払を受けたことは原告らの自認するところである(原告らと被告清水との間では争いがない。)。
(六) 弁護士費用 各二二万五、〇〇〇円
以上のとおり、原告らは前記被告ら各自に対し各二二四万五、五八〇円(被告義雄、同サタに対しては、各一一二万二、七九〇円である。)の損害賠償債権を有するところ、弁論の全趣旨によれば、被告らは右賠償金の支払をしないので、原告らは訴訟代理人である弁護士尾原英臣に本訴請求手続の遂行を委任し、その費用および報酬として各二二万五、〇〇〇円(合計四五万円)を本件第一審判決の言渡日に支払う旨約したと認められるが、本件審理経過、事件の難易、原告らの右損害額に鑑みると、右金員(昭和四六年一月一三日の現価)は本件事故と相当因果関係に立つ損害と認めるのが相当である。
四 過失相殺
被告義雄、同サタは、敏枝は本件事故前に啓二が原告初枝が経営する飲食店で飲酒したとき同席していたし、また、同女は甲車に好意同乗者として乗車したから、運転者と同様甲車の運行中は前方注視等の注意義務があつたのにこれを怠るなどの過失があつたから、右事情は敏枝の損害額の算定にあたつて斟酌すべきであると主張する。
証人福田由美子は、啓二は本件事故直前に原告初枝の経営する右飲食店において飲酒した旨証言(但し、訴外石塚真智子からの伝聞)し、右被告らの主張に沿うが、右証言は、〔証拠略〕に照らし採用せず、他に、啓二が事故直前飲酒したうえ、甲車を運転した事実を認めるに足りる証拠はない。
また、〔証拠略〕によれば、敏枝は啓二が運転する甲車に同乗し本件事故に遭つたと認められるが、敏枝が啓二に要求し、甲車に無理矢理同乗したとか、本件事故直前における甲車の運行が専ら敏枝のためになされたと認めるに足りる証拠はなく、〔証拠略〕によれば、敏枝は本件事故発生の数時間前までは母である原告初枝の経営する飲食店で働いていたところ、啓二らが来店して飲食をした後、同人から誘われて甲車に同乗したものと認められ、右によれば、敏枝が甲車に同乗していた際、運転者である啓二と同様前方注視したうえ運転者に適切な運転操作を促すなどの注意義務があつたとは認められず、また、敏枝が甲車に同乗中積極的に啓二の運転行為を妨害したと認めるに足りる証拠もない。
右のとおり、敏枝に本件事故の発生および損害の発生について過失あるいは落度があつたとは認められないから、被告義雄、同サタの右主張は採用することができない。
五 結論
以上の次第であるから、被告清水は、原告らに対し、被告義雄、同サタと連帯して各二四七万〇、五八〇円およびこれに対する本訴状送達日の翌日であることが記録上明らかな昭和四六年一月一〇日から支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金、被告義雄、同サタは、各自原告らそれぞれに対し、被告清水と連帯して各一二三万五、二九〇円およびこれに対する本訴状送達日の翌日であることが記録上明らかな昭和四六年一月一二日から支払済に至るまで右同割合による遅延損害金を支払う義務があるから、原告らの被告被告清水、同義雄、同サタに対する本訴各請求はすべて正当であるから認容し、原告らの被告前多産業、同前多功に対する請求はいずれも失当であるから棄却し、訴訟費用については、民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言については、同法一九六条一項を各適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 高山晨 大津千明 大出晃之)